食中毒対策はとにかく加熱すること

生食は、日本のほんの一部の人々の、限られた食材についての食文化であり、現代の状況は異常で危険としか言いようがない。

日本人の食生活はどんなものであったか。生きることとは食べること。飢えとの闘いに、口にすることができるものはありとあらゆるものを、口にしてきたのでしょう。読み書きができるのが当たり前の状況になるまでは、口頭で教育される、安全が確認されているものだけを、火にかけて加熱して、殺菌調理をしていたのではないでしょうか。

鳥や鹿、イノシシなどの肉を生で食べ、肝炎となり死亡する。川魚や淡水貝、カニ類を生で食べ寄生虫に侵され死亡する。目で見て聞いて、食べられるもの、食べられないもの、加熱調理すれば食べられるものを、子孫に伝えてきたのではないでしょうか。

医療など存在せず、体の不調が死に直結する日常では、食材を加熱せずに食べる習慣は無かったと思います。飢えの心配のないごく一部の支配者が、それでも犠牲者を出しながら生食の文化を文字で記録し伝えたのでしょう。

昭和の時代の末期ごろから、物流革命がおこり日本全国で同じ食材が手に入ることとなり、情報メディアも盛んになって、見たこともない食文化に接する機会が爆発的に増えました。

そこでは見よう見まねで調理をすることで、食べることは死に直結しているという基本的なことが忘れられてしまい、食中毒事故として犠牲者を出し続けてしまっているのです。

サラダというメニューは無かった

筆者は昭和40年生まれですが、子供のころ生野菜を食べた記憶がありません。漬物か煮物、天ぷらになっていたと思います。おなかが弱い子供だったので母親が配慮してくれていたのかもしれません。

小学校の家庭科の調理実習でキャベツときゅうりの塩もみ(浅漬けのこと)を作る授業を覚えていますが、教科書にはハッキリと、ボウルに台所用洗剤を溶かしてキャベツの葉ときゅうりを良く浸けて洗うことと書かれていました。

当時は寄生虫の害のナンバーワンは、アニサキスではなくサナダムシでした。下水道など無く家庭のトイレは汲み取り式で、発酵させた糞尿は重要な肥料だったのです。人間が最終宿主であるサナダムシの卵が常に畑にある状況での予防策が洗剤で良く洗うことでした。

畑の野菜は全てこのような状況でしたので、生食をするというのはとても危険なことという認識があったのだと思います。

その後の化学肥料の普及と、水洗便所の普及によりサナダムシの被害は激減し、生食に対する意識も変化したのだと思います。

思えばそのような状況下でO-157やノロウイルスによる食中毒が無かったのは、いかに洗浄と加工(加熱処理や発酵処理)が効果的であるかということだと思います。

未熟な料理人が生み出す食中毒 カンピロバクター

下の円グラフは厚生労働省が発表した、平成29年病因物質別事件発生状況です。

平成29年の1位になってしまったのは、カンピロバクター食中毒です。320件発生で2315人の被害者です。

カンピロバクターは主に肉に生息する細菌です。良く加熱すれば防げる食中毒です。平成23年に生食用食肉(牛肉)の規格基準の策定及び平成24年に牛の肝臓を生食用として販売することを禁止したところ、規制の前後で食中毒件数を比較すると、規制前の平成22年では牛の肝臓を原因とする食中毒は16件でしたが、規制後の平成25年から平成27年までは1件だけでした。

また、鶏肉については生産農場や処理場の違いにもよりますが100%の汚染率を示す検体もあり注意が必要です。食肉を調理して提供するイベントで、加熱不十分な鶏肉で500名を超える患者が発生した事案もありました。

このイベントのホームページには『新鮮だからできる鶏ささみ寿司』などとアピールしておりました。100%の汚染の可能性のある食肉を中心部まで十分な加熱を行わずに提供したことは、安全で当然のイベントであってはならない行為だったと思います。業務上過失の問われる事件です。